東京・四谷の欧風カレー店で磨かれた味を、高砂で育て続ける店がある。山陽電車「高砂駅」近くの「小夢-チャイム-」だ。店内は12席。昼時には近くで働く人のほか、明石や姫路方面から足を運ぶ客も訪れる。
お店を営むのは、オーナーの浦野雅夫さんと、オーナーシェフの大谷榮一さん。浦野さんは東京で約40年を過ごした後、2011年に地元・高砂へ戻った。東京の自宅近くで、魅了されたのが大谷さんが勤務していたお店の欧風カレーの味だった。

「向こうで食べたときに、『あ、これはうまい』と思った」。その感動の味を地元にも届けたい。浦野さんは、同店で約15年料理長を務めた大谷さんに何度も頼み込み、彼と共に高砂で店を開いた。
店名の「小夢」は、「大きな夢は見られないから、小さい夢にした」と浦野さんは笑顔でそう明かす。ただ、小夢のカレーは、東京の味をそのまま再現したものではない。かといって「関西に合わせて変えたわけでもない」と大谷さんはそう語る。東京の店では、先代たちが築いてきた味や、お店として守るべき形があった。自身の工夫で売り上げが伸びる手ごたえを感じたが、とはいえ急に味を変えすぎることはできなかったという。

だがここ高砂では、その制約がない。「私のやりたいようにやっている」とし、改良を今も重ねる。玉ネギ、セロリ、ニンジンなど、その時々の旬の野菜を使い、栄養が豊富な皮などからうまみを引き出す「ベジブロス(vegetable broth の略)」の考え方も取り入れる。大谷さんが大切にしているのは、スパイス感や辛さなどの味の強さではない。「いかにバランスをとって、マイルドに仕立てるか」だという。玉ネギをじっくり煮込み、繊維を柔らかくする。そこにトマトの酸味で全体を整えるためトマトも加える。「酸味がすごく欲しかった。いろいろやってみたら、やっぱりトマトが一番」と語る。

カレーは、ブイヨンづくりから始まり、仕上がりまでに2~3日かかる。だが、大谷さんはその苦労を語らない。むしろ「野菜たちが仕事をしてくれる」と表現する。自分が味を作るというより、素材の力を引き出す。その姿勢が、小夢のカレーのやさしく奥行きの深い味につながっている。
提供スタイルも欧風カレーらしい。ルウはポットで運ばれ、ライスとは別に出される。セットにはサラダ、カップスープ、ジャガバターが付く。ジャガバターは、東京の欧風カレー専門店で定番の付け合わせだという。カレー鍋の中でジャガイモを煮込まないため、口直しとしてもよく合う。「ゆっくり食事していただきたいです。急いでかき込むものではなく、じっくり楽しんでもらう」。ポットから少しずつルウをかけて、ライス、ルウ、ジャガバターを行き来する。小夢のカレーは、ただ空腹を満たすためのものではない。どこか丁寧に食事をしている気分になる。


最近、大谷さんが「作るのが楽しい」と話すのが、数量限定の角煮カレーだ。角煮は甘酒と白みそで味付けし、圧力鍋で約6時間かけて仕込む。下ゆでから始め、低温調理のようにじっくり火を入れる。仕込みのタイミングによっては売り切れることも多く、知る人ぞ知る人気メニューになっている。
良心的な価格もお店の魅力でビーフカレーのセットで1,100円。開店当初は800円、少し前まで900円だった。物価高の中でも、価格はできる限り抑えていると浦野さんは話す。神戸や東京から来たお客さまには「本当にこの値段いいの?」と驚かれるという。

開業から15年。2人とも70代になった。大谷さんは、日々仕込みを繰り返しながらも、そこに小さな変化を見つけ続けている。「毎日同じことを繰り返すわけです。その中で、こうやったら変わるんじゃないかというアイデアが、ぽろぽろ出てくるんです。それを考えていると、止められなくなっちゃう」。

最後に「カレー作りにゴールはあるのか」そう尋ねると、大谷さんは少し考え、こう答えた。「カレーにはないかもしれないけど、自分にはあります。体が持たなくなったときです」。高砂の人たちのソウルフードにしたい。かつてはそう考えた時期もあったという。今は「そんなでかいことは言えない」と2人は笑う。それでも、小夢のカレーは、地元の人、近隣の町から来る人、東京の味を知る人たちに、静かに愛されている。
東京で出会った味を、高砂で自由に育てる。小さな夢から始まった店は、今日もポットにカレーを注ぎ、ゆっくり味わう一皿を届けている。
2026年7月10日(金)現在の情報です。
お店の方からのメッセージ
急いで食べるカレーではなく、お食事としてゆっくり楽しんでもらえたらと思っています。季節や仕込みで変わる味も楽しみに、ぜひお越しください。

ライターから一言
インタビューから大谷シェフのカレーに対する情熱とこだわりが見えた。20代は洋服のデザイナーをしていたが、キャリアチェンジを考えた際、知人の服部栄養専門学校の服部幸應氏に相談。「30代から料理の勉強をしても時間がかかる。料理のジャンルを絞るべき」とアドバイスを受け、大好きなカレーの道に進んだという。好きを仕事にするのは素敵です!