山陽電車に乗り「人丸前駅」のホームに降り立った。
ホームから北方向を見上げた視線の先には、一本の直線と「東経135度子午線」の文字がある。日本標準時の基準となる子午線。この線を目でたどるように顔を上げると、小高い場所に建つ時計塔とドーム型の建物が見えた。明石市立天文科学館である。
駅を降りた時点で、もう天文科学館の中に入ったような気持ちになった。

改札を出て、北へ緩やかな坂を歩くこと約3分。
白い建物の入口では、山陽電車とのコラボヘッドマークが出迎える。電車の先頭車両や最後尾車両に掲げる円板に、星や時計を思わせるデザインを施したもの。沿線の人にとって、天文科学館が身近な場所であり続けてきたことが伝わってくる。

同館は2025年10月から約10カ月間、休館して大規模なリニューアル工事を進めてきた。阪神・淡路大震災後の復旧工事以来、もっとも長い休館期間。21世紀に入ってから最大の工事でもある。
空調、照明、エレベーターといった、一見すると来館者の目には入りにくい設備更新が工事の中心であったという。だが、館内を歩いてみると、展示や動線、展望台に至るまで手が入れられたことがわかる。単に設備を新しくしただけではない。長年積み重ねてきたものを見直し、次の世代へどう繋いでいくかを考えたリニューアルである。

館内に入ってまず目を引くのは、黒い本体にレンズが規則正しく並ぶ大きな機械。ドイツのカールツァイス社が1923年に開発した、世界初のプラネタリウム投影機「ツァイスⅠ型」である。日本での展示は初めてという。
1934年にオランダ・ハーグのプラネタリウムに設置されたが、火災で損傷し、長らく失われた機体と考えられていた。しかし、2017年に発見され、修復を経てよみがえった。いくつものレンズと金属部品が、精密に組み合わさる姿が、星空を人工的に再現しようとした人類の挑戦を物語っているように見えた。このツァイスⅠ型は、特別展「はじめ展~時と宇宙と人をつなぐモノガタリ~」の一環で、12月6日まで展示される予定。

同展では、日本初のロケット実験に使われた「ペンシルロケット」の実物も展示する。小さなロケットと、プラネタリウムの始祖ともいえる投影機。時と宇宙、人の営みが、最初の一歩からつながっていることを感じさせる展示になっている。

次に、らせん階段を上がり、プラネタリウムへ向かう。ドーム中央に立つのは、開館した1960年から現役で働くカールツァイス・イエナ社製「UPP23/3」。国内最古の現役機で、世界的にも貴重な投影機だという。

この機械が映すのは約9,000個の星。最先端の投影機と比べれば、星の数は多くない。それでも一つ一つの星の光や、空全体の明暗のバランスが美しく、見上げると本物の夜空に近い感覚がある。
今回の改修では、星を映し出す内部部品を修繕、清掃した。七夕の織姫星として知られる「ベガ」も、以前より澄んだ光を取り戻したという。昔からある機械をただ残すのではなく、これからも現役で星を映し続けるために、丁寧に手を入れた。

一方で、ドームに映す全天映像と音響設備は新しくなった。映像は従来の2Kから4Kへ高精細化。星雲の中を進む場面や、宇宙空間を旅する映像では、細かな星の粒まで見える。

古い投影機による星空と、最新映像による宇宙旅行。どちらか一方ではなく、その両方を味わえるのが明石のプラネタリウムらしさ。学芸員が星空や季節の話題を交えて解説するスタイルも変わらない。投影時間は10時から1時間半ごとに設定され、初めて訪れる人にもわかりやすくなった。
明石市立天文科学館は、宇宙の施設であると同時に「時」の施設でもある。3階の「時のギャラリー」は、今回のリニューアルで大きく様変わりした。以前は展示ケースが空間の中央に張り出し、時計の歴史を見渡しにくい部分があった。展示ケースの位置を変え、動線を整えたことで、展示量を減らさずに、全体をゆったり見られる空間になったという。

ガラスケースには「情報通信研究機構」で日本標準時の送信に使われていた装置や、JAXAで使われていた時計も並ぶ。模型や説明パネルだけではなく、実際に公的機関や研究の現場で使われてきたものが目の前にあり、見入ってしまう。
展示を通じ「時」は通信や宇宙開発、そして毎日の暮らしを支える技術なのだと実感できる。

4階の日時計広場には、新たなシンボルも加わった。2025年の大阪・関西万博で展示された「セイコークラゲ日時計」である。透明感のある大きな円盤を備えた姿は、その名の通りクラゲを思わせる。
単に、万博会場にあったものをそのまま移したわけではない。東経135度子午線上にある明石市立天文科学館に合わせ、文字盤の目盛りを調整した。太陽が真南に来る正午には、影がぴたりと12時を指すようになっている。

大阪では少しずれる正午の影が、明石では真ん中に落ちる。目盛りのわずかな違いに、場所によって変わる「時」の感覚が見えてくる。時計を見れば一瞬でわかる時刻を、太陽と影を使って確かめる。その手間が、新鮮で面白く感じられる。
次に、エレベーターで14階の展望台へ上がる。今回の更新で、1階から14階までの所要時間は約60秒から約45秒へ短縮されたという。

エレベーターの扉が開くと、明石海峡大橋と海、その先の淡路島が一気に視界へ入る。床や壁面を改修した展望台は明るくなり、窓の外の景色がより際立つ。新たに設けたカフェコーナーの自販機で飲み物を買い、海峡を眺めながら一息つくこともできるという。
展望台から1階へ戻ると、お楽しみのお土産コーナー。リニューアルに合わせてミュージアムグッズも充実させた。
中でも目を引くのが、工事で取り外した天文科学館の外壁タイルである。通常なら廃材として処分されるものを、ケースに収め、数量限定のリニューアル記念品としてよみがえらせた。1960年の開館以来、建物を支えてきた本物の一部だけに、同じものは二度と手に入らない。
価格は「子午線(しごせん)」にちなんで4,500円(しごせんえん)とダジャレ。歴史ある建物を、文字通り持ち帰ることができる。

このほかにも、リニューアルに合わせた新商品を揃えた。売店ではキャッシュレス決済にも対応し、買い物の利便性も高めている。
星を見て、時を学び、最後は海を見る。宇宙のスケールと、眼下を走る山陽電車や海峡を渡る船、日々の暮らしが、一つの建物の中でつながっているような感覚になった。

井上毅館長は、10カ月の工事期間中に館内の資料を見直し、天文科学館が積み重ねてきた歴史や魅力を再発見したという。「今回のリニューアルを出発点として、これまで培ってきた伝統を大事にしながら、新しいチャレンジをどんどんやっていきたい」と話す。

日本標準時を刻み、1960年の開館以来、地域に親しまれてきた天文科学館。
2026年5月には博物館法に基づく「登録博物館」として登録された。資料を調べ、伝え、未来へ残していく博物館として、新たな節目を迎えた。

60年以上にわたって星空を映してきた変わらない投影機の光と、新しく磨かれた展示や空間。その両方に触れられる場所として、この夏、新たな時を刻み始めた。
2026年7月29日(水)現在の情報です。

ライターから一言
お子さんの自由研究のテーマにお困りの保護者のみなさん。ここには、星や時計、日時計など、自由研究につながる題材がたくさんあります。親子で楽しめるおでかけ先としておすすめです!